卒業生インタビュー

小宮山 晋平

原点

「ちゃんと勉強に付いていけるかな」 やっとの思いで入試を突破し、入学した豊山での最初の1日目は、きっとだれもが思うことと同じような気持ちで教室の席に座っていました。僕が入ったクラスは1年A組。担任の先生の印象はとにかく「やさしく」「元気」「強い」。圧倒的なまでのパワーに、自分の地元 葛飾柴又にいるような「おとなりのおばさん」(失礼を承知で!笑)を重ねたのはいうまでもありません。

入学したての僕は、剣道部に入部。暑くて、重くて、痛くて、ちょっとにおいも気になる日々でしたが、毎日剣道の稽古に励んでいました。部活に燃える中、勉強の方はからっきしダメ。テストが近づくと、憂鬱な気分になる始末。そんな僕に転機が訪れたのが、ドラマ『踊る大捜査線』との出会いでした。そのドラマ内に登場する室井慎次は、冷静沈着な判断で数々の難事件を解決し、着々と出世街道を走るエリート官僚で、僕が初めて見つけた「憧れの存在」だったことは言うまでもありません。「いつかこんな大人になる!」そう決意し、さっそく官僚についていろいろと調べたときのことはいまでも忘れません。大きな壁にぶち当たったからです。その壁が、避け続けていた「勉強」でした。超難関と呼ばれる国家公務員I種試験に合格した一握りのエリートたちだけが、「官僚」と呼ばれる…僕は絶望しました。「今のままじゃ、絶対になれないじゃん…」と、こうして、やっと勉強に目覚めたのです。

もう1つの転機は「書道」でした。書道の時間に先生から「ちょっと宿題を出していいか」といわれ課題を与えられたことがきっかけです。小学校1年~6年まで書道教室に通っていた僕は、喜んでそれを引き受けました。その結果、高野山競書大会という日本でも有数の書道大会において、金剛峯寺賞という大きな賞を頂きます。今まで先輩方に拍手を送る側だった僕が、送られる側にはじめて立った日でした。

月日は流れ、中学1年、2年あたりまでは下から数えた方が早かった成績は、中学3年を終えるころには上位20番台にまで到達します。そこで、高校入学で目標として掲げたのは、中学3年間で達成することができなかった「学年1位」と「オール5」の2つでした。高校時代は、本当にストイックに勉強をしたと思います。1点でも多く点数を取りたかったので、先生とのコミュニケーションもこれまで以上にとりました。でも、そんな思惑はきっとばれていたはずです。あの手この手で会話をしようとも、所詮は高校生と大人ですから。それでも、僕の熱心さに先生方は付き合ってくださっていたのだと思います。やさしいです、豊山の先生。

目標達成には結構長い時間を要しました。結果的に1位を取れたのは高校3年の3学期。そして、「オール5」は、まさかの体育4により達成できませんでした(苦笑)。そして、日本大学法学部公共政策学科に進学し、今に至ります。

豊山は僕にとって色々なきっかけに出会えた最高の場所です。ドラマに「憧れ」を抱き、現実世界で「目立つ」経験をしたこと。これが今の僕の原点になっているような気がします。こんな青春まっしぐらの経験はあれからまだ一度もできていません。もしかすると、もう一生できないのかもしれません。そう思えてしまうくらい、豊山生活は鮮明に僕の青春の1ページとして焼きついています。一生付き合える素敵な友人に出会えた豊山での生活は本当にいい思い出です。